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瞳の行き着く先

瞳の行き着く先


図書館に寄ってから会計室へと向かう其の途中―――七条は、道から少し外れた、生い茂る木々が丁度木陰になっていて心地よい空間を作り出しているベンチの所で、柔らかな茶色い髪の毛を其の視界の中に見付けて、引き寄せられるように寄り道をした。
「―――伊藤くん?」
驚かすつもりはなかったが、落ち葉や草を踏み締める微かな靴音にも全く反応を示さない其の姿に、静かに近付いてみると―――ベンチの隅の方にちょこん、と腰を下ろしていた啓太は、背凭れに寄り掛かるようにして軽い寝息を立てていた。
「・・・こんな所で居眠りだなんて―――・・・風邪をひきますよ?」
困ったように溜め息を付きながら、七条はそっと啓太の横に腰を下ろす。
伺うように啓太の顔を覗き込んで―――七条は、其の秀麗な眉を僅かに顰めた。
―――涙の痕・・・。
丸みを帯びた目尻は、強く擦ったのか、痛々しい程に赤く腫れており、頬には幾つもの涙の痕が残っていた。
「・・・・・」
啓太の頬を流れた哀しい涙の訳を―――其の涙を流させた相手を、七条は安易に想像する事が出来て、苦しげに顔を歪める。
わざわざ聞かずとも、十中八九間違い無いだろう。
何時だって、啓太を自分の都合のみで冷たく突き放したり、からかってみたり―――啓太の気持ちなど御構い無しに振り回し、傷付けて、平然としている。
そんな気紛れな態度を取られて一喜一憂している啓太の反応を、楽しんでいるとしか思えない―――同じ温かい血が流れているとは到底思えない程の冷血非道な其の人が、啓太の恋人である、中嶋英明―――啓太を泣かせたであろうと思われる張本人だ。
「・・・伊藤くん―――・・・」
七条は、啓太の眠りを妨げないようにと、そっと其の左頬に指先を伸ばし、涙の痕をゆっくりと辿る。
―――僕なら・・・こんな風に泣かせたりしないのに。
「何故―――・・・」
苦々しく呟くと、名前を口にするのも嫌悪するかのように、緩く首を振る。
「―――――」
ふと、啓太の頬に触れていた七条の指先が、ぴく、と一瞬其の動きを止めた。
「何をしている。」
其の瞬間―――地獄から響いて来るような低い声が、狂暴な牙の如く七条の背中に突き刺さった。
「・・・・・」
七条は其の問いには答えず、無言のまま啓太の頬を撫でていた指先の動きを再開する。
「何をしているのかと聞いている。」
普段、何気無く発する声ですら威圧的だと噂され、声を掛けられただけで普通の学生ならば身震いしたくなる程に冷たく、機械のように感情が読み取れないと陰口を叩かれている中嶋だったが―――七条が背中越しに聞いている其の声は、はっきりと怒気を孕んでおり、其の苛立ちは実に明確だった。
―――此の人にも、怒るという感情があるんですね。
恐らく其れは、七条の目の前で静かな寝息を立てている、啓太の存在が大きいのであろう。
其れだけ大事という事だろうか。
「・・・・・」
有り得ない―――七条は、僅かに下唇を噛むと、厳しい瞳で啓太の頬を見詰めた。
大事に想っている相手を、こんな風に泣かせて平然としていられるなんて、有り得ない。
哀しい涙を流させておいて、其れでも恋人でいられるなんて―――。
「・・・覗きとは、随分と悪趣味ですね。」
羨ましい―――そんな言葉が一瞬だけ脳裏を横切り、七条は自らの考えを否定するかのように、強めの口調で吐き捨てると、視線だけを中嶋の方へと向けた。
「犬の分際で、俺のものに手を出すなと言っているんだ。」
顔を見てしまえば―――普段と変わらない、見る者を突き放すような傲慢で冷淡な表情のまま、眼鏡の奥の冴えた瞳は、感情の欠片も無いのではと思う程に冷やかに七条を見据えていた。
「全く―――・・・何故、貴方のような人と・・・」
七条は、心底嫌そうに呟くと、思い切り眉を顰める。
「本人に聞いてみると良い。」
面白いものを見付けたとでも言うように、中嶋は口角を緩く上げると、声の無い嘲弄を浮かべた。
挑発的な視線を鋭く睨み返した七条を揶揄するように、片方の眉を跳ね上げながら、中嶋はゆっくりとベンチに近付くと、いまだに眠り込んでいる啓太のネクタイを手に取った。
「―――選んだのは、こいつだ。」
そう言いながら、中嶋は手にした啓太のネクタイを自分の口許へと運ぶ。
顎を引いて、上目使いに七条を見詰める切れ長の瞳は、何処か艶を含んでおり―――卑猥な其の行動に、七条の瞳が嫌悪感も露に眇められた。
「・・・・・」
勝ち誇ったように七条を見下す眼鏡の奥の瞳に―――七条は、唐突に西園寺の言葉を思い出していた。
―――お前達の其れは、同属嫌悪だ。
其の時は、あまりの言葉に卒倒しかける程の衝撃を受け、絶対服従だと常に豪語している西園寺相手に、一頻り反発してしまった。
今なら判る―――確かに似ているのだ。
非常に不本意ではあるが、根本は同じなのだろう。
自分以外の人間を受け入れられない、受け入れたくない―――相手への拒絶を表に露骨に出すか、気付かれ無いように隠すかの違いだけで、心の奥底に潜む本質はきっと同じだ。
取っ付き難い中嶋と、人当たりの良い七条とでは、全く正反対のように思われがちだが、人との関わり合いが希薄という点では、全くもって同じだ。
極端な事を言ってしまえば、自分だけ居れば良い。
後は、其の都度、必要に応じて適切な人間を選べば良い―――其れは、仕事上の付き合いだったり、クラスメイトだったり。
恐らく中嶋に至っては、快楽を求める相手に対しても同じような思いだったのだろう。
だからこそ、今迄の中嶋を取り巻いていた噂も―――特定の相手がいない、一度に複数の相手と付き合っている、等の愚劣な批判にも納得がいく。
中嶋にとって、其の場だけ楽しければ良いのだ。
ただ快楽を求め、身体が満足さえすれば、相手の事はたいした問題じゃないのだろう。
そんな風に、人との交わり合いが面倒だと感じている中嶋と七条の前に突如として現れた太陽のような存在―――伊藤啓太という光りは、暗闇にたった一人で佇んでいた者にとって、手に入れてみたい輝きだった。
優しく包み込むその暖かさを一度知ってしまえば、手離せ無くなるというのに。
本当は、判っていた―――其の眩しさを手にしてしまえば、二度と暗闇に戻る事など出来無いのだと。
だけど、どうしても欲しかった。
あの優しい眼差しを、包み込むような穏やかな心を、しなやかな其の身体も全て―――甘い其の声で自分の名前を呼んで欲しかった。
選ばれたのは自分では無かったけれど。
しかし、手に入れてしまえば、今度は失うのが恐くなる。
又あの暗闇に戻りたくは無い―――自分以外の温もりを知ってしまえば、もう後戻りは出来ない。
だからこそ、自分の元へ引き止めておこうと必死になる―――誰も近付けないように、牙を剥き威嚇する。
―――此の人も、必死なんだ。
「・・・伊藤くんを泣かすのだけは止めて下さいね。」
恐らく、中嶋には恐怖で縛り付けるしかなかったのだろう―――しかし、其れではあまりにも啓太が哀れだ。
「―――面白い事を言う・・・」
しかし、諦め気味に呟いた七条の言葉を、中嶋は鼻先で嘲るように切り捨てた。
「俺が羨ましいんだろう?本当は俺になりたいと思っているんじゃないのか?」
低く咽喉の奥で嗤う中嶋に、七条は、途端に険しい顔付きとなる。
「冗談でしょう?僕なら、伊藤くんを哀しませるような事はしませんよ。」
憎しみの篭った瞳を細めて中嶋を睨み付けると、七条は気付かれ無いように手を握り締めた。
「嘘を付くな。見てみたいんじゃないのか?・・・快楽に溺れて涙を流す啓太は、淫らでいやらしくて―――・・・なかなかそそられるぞ。」
「貴方はどうしてそう―――・・・」
露骨に軽蔑の瞳を向ける七条に、中嶋はちらり、と舌先を覗かせて唇を嘗める。
―――此の人は・・・本当に何処までいっても嫌な男だ。
七条は、忌々しげに中嶋から視線を外すと、啓太の横顔へと瞳を向けた。
乾いた涙の痕が更に憐れみを誘い、痛々しい程の目尻の赤みが保護欲を掻き立てられる。
護ってあげたくなる―――何故、此のように愛しい存在を哀しませるのか、理解に苦しむ。
「消えろ。」
唐突に中嶋から発せられた言葉に、七条は一瞬面食らったように瞳を眇めた。
「俺の前から今すぐ姿を消せ。其れで帳消しにしてやる。」
ふい、と視線を逸らし―――中嶋は七条など初めから居なかったかのように、完全に七条の存在を其の意識下から消し去った。
「啓太、啓太・・・おい、起きろ。」
中嶋は、腰を屈めるようにして啓太の左頬を掌で叩き―――決して強い力では無かったが、其の乱暴な仕種に七条は思わず詰め寄りそうになり、ぐ、と息を詰める。
―――もっと優しい起こし方が出来ないのか、あの人は・・・。
此れ以上見ていたら、歯止めが効かず、とんでもない事を口走ってしまいそうで、七条は深々と溜め息をつくと、くるりと踵を返した。
中嶋の言葉の真意も掴み兼ねていたが、こんな風に靄の掛かったような定まらない心境の時に啓太が目を覚ましたりしたら―――啓太の気持ちなど考えられずに、中嶋の腕の中から略奪してしまいそうで、七条は少しでも早く此の場から離れようと知らず早足になる。
「二度と啓太に触れるな。」
其の背中に、中嶋から低く唸るような声が投げ掛けられた。
思わず立ち止まって、七条は振り返る。
「俺は気が短い。二度目は無いと思え。」
中嶋の指先が啓太の頬を強く擦り―――其処が、先程自分が触れていた所だと咄嗟に気付いてしまった七条は、苦しげに溜め息をつくと無言のまま再び二人に背を向けた。
「―――こいつは俺のものだ。」
まるで自分自身に言い聞かせているような其の口調に、七条は一瞬瞳を閉じると、歩みを緩める事無く歩き出す。
「・・・う―――・・・ん・・・」
そんな七条の耳に、微かに嗄れた啓太の声が届いた。
「あ―――・・・れ?なか・・・じま、さん―――・・・?」
まだ寝惚けているのか、舌足らずな啓太の声が、何処かしら甘えを含んだような声で中嶋の名前を呼ぶ。
其の声色に引き寄せられるように、七条は歩みを止める事無く、視線だけで自分の肩越しを振り返った。
「―――――っ」
すると、思わず立ち尽くしてしまいそうになり―――七条は小さく息を飲む。
「・・・啓太―――・・・」
其処には、別人じゃないかと思われる程に穏やかな声色で、まるで啓太を労わっているような響きすら感じる優しい口調で啓太の名を呼んでいる中嶋の姿がいた。
口許には僅かだが笑みすら浮かんでおり、其の美麗な表情は艶を含んで、壮絶な色香を醸し出していた。
「―――中嶋さんっ・・・」
漸く意識が浮上してきたのか、啓太は何度目かの中嶋からの呼び掛けに、弾かれたように中嶋の首筋に抱き付いた。
「ごめんなさいっ・・・俺、俺っ―――・・・」
まるでしゃくり上げるように震える声色で、啓太は中嶋の肩に顔を埋める。
「ごめんなさい・・・我侭言って―――・・・俺―――・・・」
くぐもった声で謝罪を繰り返す啓太に、中嶋は小さく溜め息を付いた。
「判ってる。」
宥めるように啓太の背中を撫でる中嶋の顔は―――驚く程、優しく静穏さに満ち溢れていた。
「・・・なか、じまさ―――・・・」
うっとりと蕩けるような啓太の声と、微かだが、衣擦れの音がしたような気がして、七条は居た堪れなくて、逃げるように其の場から離れた。
「・・・・・」
啓太が幸せならば、悔しいが其れで良いと思う―――認めたくは無いが、啓太にあんなに甘く美麗な表情をさせられるのは、恐らくあの人だからだ。
―――だけど、伊藤くんを本気で哀しませたりしたら・・・。
其の時は、どんな手段を使ってでも啓太を奪ってみせる。
例え啓太の心の中に中嶋の存在が残っていたとしても、真綿のように優しく抱き締め、傷付いた其の心に寄り添い、必ず自分へと振り向かせてみせる。
「其の時を楽しみにしていますよ―――・・・中嶋さん。」






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